花田清輝『さまざまな戦後』

 花田清輝、というのは最近だと、どうなんだろう。やはりものの見事に忘れられているひとり、になるのだろうか。

 まあ、かの吉本隆明との大喧嘩の顛末が、高度成長期の上げ潮の時期にあたってしまっていたことがひとまず不幸ではあったわけで、そういう思想系の取り巻きギャラリー野次馬ひっくるめた「論壇」的なるもの、が大衆社会状況下の見世物として成り立つようになり始めていた、その早い時期での「ネタ」として消費された、まさにその渦中の一方の悪役キャラとして刷り込まれてしまったわけで、このへんは自分、以前から一貫して彼に対する評価の視点としてぶれていないつもりではあるのだ。

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 「負けた」ことになったこの喧嘩の後、花田の仕事は若い世代から読まれなくなった。それも一方的に。戦時中身を守るためのものだったかも知れないレトリックを駆使した文体は「老獪」と評され、「若さ」のふりまく潔さの前に薄汚いものとしか見られなくなった。それでも、彼は同じように本を出し、芝居を書き、小説をものし、人と人とが集まって作り出す創造の場を信じて世話役を続けた。

 まあ、近年は文庫版でいくつか著作が読みやすい形で復刻されていたりするみたいだから、何かの間違いで手にとる若い衆世代がいても不思議はないけれども、ただなぁ、「現代日本のエッセイ」というくくり方でパッケージングされているのは、講談社文芸文庫だが、個人的に納得いかない。岩波文庫版だけはそんなくくり方をしておらず、「評論集」と銘打ったオムニバスにしているのは、まだしも評価できる。このあたり、新しい皿に盛りつける、その盛りつけ方からしてセンスというか、見識が出てしまうところではあるのだからして。

 例によってめんどくさいことを言うようだけれども、ほんとのことだからしょうがない。特に、花田清輝のような、言葉本来の意味で八面六臂、マルチで多面的な活動をしてきた書き手の場合、一筋縄ではゆかないのはあたりまえ、個々の単著として出ているものをそのまま復刻したところで、うまく咀嚼してもらえるとは限らない。むしろ、正しく「編集」であり「編纂」であり、それこそ今様のけったくそ悪いカタカナ書きのそれとは全く違う、言葉本来の意味での「キュレーション」こそが絶対に求められる、そういう書き手の代表格。どういう見識で何を、どのように並べるのか、ついでにその意図や文脈の拠ってきたる理由などについても存分に解説して言語化してみせてくれて初めて、〈いま・ここ〉の読み手に対して、ほら、こういう具合にうまいんだってば、と示してくれる出版冥利も滲み出てくるってもんで。

 その意味で、この一冊などはそういう意味での花田清輝を「料理」して、その書き手としての全貌までもうまく描き出してくれた企画ものとして、やはり忘れがたい。

 自分は、これまでも何度か触れてきたように、山口昌男に割と恩恵を受けてきて、それは実際の人生においてもだけれども、書き手として惹きつけられるものがあったゆえの読み手の歓びを実感させてくれたという意味が大きかったのだが、その山口昌男の書いたものを辿って読んでゆくうち、その向こう側に透けて見えてきたのが花田清輝だった。山口昌男経由で透けて見えた書き手としてはその他、林達夫などもいたのだが、それはまた別の話だ。

 で、こういう山口昌男に対する読み方はそんなに外道でもなかったはずなのだが、自分などの世代が花田清輝に接近してゆく経路としては、すでに当時あまり一般的でもなくなっていたらしい。タマの出どころというか、もともとどういう知的形成を経てきて眼前の書き手になっているのか、というあたりのことを含めて、辿って読んでゆくということは、何も活字の本に限ったことでもなく、それこそ音楽の領分、気になった眼前のアーティストなりミュージシャンのそれまでの仕事、リリースされてきたレコードやCD、アルバムなどを「辿って」聴いてゆくことで、ある文脈をようやく自分の身の裡に宿してゆく、そういう過程は何であれ、いわゆる知的な情報摂取のありようとしてスタンダードだったと思うのだが、最近そのへんもどうなっているのか、かなりもうあやしいのだろうな、とは感じている、そう感じる自分の作法がすでにもう時代遅れの老害化石脳モードでしかないかもしれないことも含めて。

 ともあれ、そんなこんなで、この花田清輝にしたところで、この久保覚の「キュレーション」による花田清輝「だから」意味があるのだ。 

 活字文化以前の視聴覚文化の伝統を積極的に受けつがなければならない、と言った。古いと思われているものを〈いま・ここ〉の文脈に置き直して新たな意味を引き出しながら編み直してゆく。その「過去のなかに眠っている可能性をつかみだし、それを未来を志向する力へと変貌させてゆく作業」(久保覚)は、しかし今のうわついたマルチメディア論などよりはるかに壮大で骨のあるものだった。
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 編集者としての久保覚というのは、これまた知る人ぞ知るで、ある世代以上の人文系単行本中心に携わってきたような独立系編集者の人がたなどの間では、名前を出しただけでにんまりして、実際に手は出さないまでもココロの裡で握手を求めてきているのがビンビン伝わるような御仁も未だにおらしたりする、ある意味喚起力のある名前だったらしいのだが、まあ、これまた例によってすでに遠く忘れられつつある固有名詞のひとつではあるのだろう。経歴等は検索してもらえれば概略わかるだろうが、自分としては因縁浅からぬせりか書房のファウンダーだったということが最も濃い属性として最初、刷り込まれていた。 *1 もちろん、生前お会いすることはないままだったのだけれども、そして仮にお会いしたところで間違いなく外道として嫌われていただろうことも確信あるけれども、山口昌男の初期の函入りクソデカ本であるあの『人類学的思考』が、その後「新編」と称してリニューアルされた版も含めて、このせりか書房の最初の頃の仕事だったことなども、ああ、そういうことか、と腑に落ちてゆく過程がその後あったりした。

 *2

 花田清輝から山口昌男へ、というこの脈絡は、間に介在していた久保覚という編集者の腕と眼力を介して、いわゆる演劇的な地平、生身のからだとそれをもとに涵養され発散もされる「場」についてしつこく合焦してゆく〈知〉の傾向、それこそ「性癖」として、自分の中で徐々に察知されてゆくことになった。で、それは極私的な来歴とバックラッシュのように交錯してゆき、10代末から20代半ばくらいの時期に考えなしに、当時自分のいた環境ごかしの「そういうもの」としてつまみ喰いしていた演劇書界隈の「読む」の記憶と得手勝手に接続、それらを雑書の山の中から掘り出してあらためて〈いま・ここ〉の「読む」にさらしてゆくという邂逅にもつながっていったりしたのだからして。

 政治的なものも含めての「運動」と「演劇」「舞台表現」の〈リアル〉が、花田清輝の中では早くからあたりまえのように結びつけられていたことが、この一冊の編まれている脈絡からは、おそらく他のどんな能書き並べた花田清輝関連の「論」や「批評」よりもわかりやすく、自分のような外道ボンクラ目線からもよく見えるように仕立てられている。そしてそれは、かの吉本隆明との喧嘩沙汰を機に一気に「悪役」としてしか認識されなくなっていった花田清輝という書き手の仕事についての当時ならではの不幸と不自由を、同じその同時代を呼吸していた側から「違う、そうじゃない」という低いつぶやきと共に、言葉本来の意味での異議申し立てとして提出していた証しとしても、〈いま・ここ〉からならばくっきりとその輪郭を見せてくれるものでもある。

 それにしても、昨今のあの「キュレーション」とかいうもの言い、ほんとにどうにかならんものか。「編集」「編纂」でもちろんいいのだけれども、でもその漢字二文字熟語自体がすでにあれこれ手垢がついて、もともとの輝きがくすんでしまっている以上、この久保覚のような「編集者」の腕と眼力について過不足なく言語化してゆくこともまた、いろいろ困難かつ難儀なことになってきているわけで、もちろんそれはいまどきの、そしてこれから先の本邦日本語を母語とする環境での人文系の〈知〉の再編、再構築をマジメに考えようとする立場からは、正しく不幸なことであるのだ。

*1:このへんの因縁については、まあ、またあらためて記しておかねばならないこともあるような気がするが……とりあえずこのへんとか、いろいろ絡んでたりはする。 king-biscuit.hatenablog.com king-biscuit.hatenablog.com king-biscuit.hatenablog.com

*2:共に筑摩書房に版権が移管されたのか、それとも「新編」だけがもともと筑摩のものということなのか、何にせよ今様の味気ないペーパーバック的な装いになっちまっとる……もとはこれくらい目方でドン、の元祖みたいな装いの本だったのだ。